TOP / 中山のひとりごと。

2014/09/17 13:00

老者はこれを安んじ・・・

「老者はこれを安んじ、
朋友はこれを信じ、
少者はこれを懐けん。」

年寄りからは安心され、
友達からは信頼され、
若者からは慕われるようになりたいものだ。

『論語』公治長第五にある文句です。

中学校の頃に学んだ漢文の授業から20年も過ぎて、
38歳から再び『論語』を学び始めました。

『論語』には自分が好んでいる沢山の章句がありますが、
上記の章句もそのうちの一つです。

現在43歳、壮年期も半ばを過ぎて、
早くも人生は後半戦で、奮闘中の毎日です。

人生で目指す姿は、
この『論語』の章句のようでありたいものです。
ジャンル:中山のひとりごと。

2014/09/11 08:00

中(ちゅう)する徳

中(ちゅう)というのは、人の世の道徳でいえば、
いわゆる中庸(ちゅうよう)です。

中庸というのは、過ぎることもなく、足りないこともなく、
ちょうど適度なことをさして中庸といいますが、
これは往々にして誤解されやすい言葉です。

適度ということは、たとえば感情についていえば、
喜怒哀楽などの感情をおさえて、
大喜びもせず、憤激の怒りもせず、
深く哀しみもせず、飛び上がるように喜びもせず、
たとえば灰色のような気分、雲空のような気分のことというように、
とても誤解されやすいのですが、決してそうではないのです。

もし、大いに喜ぶべき時があれば、大いに喜ぶのが中(ちゅう)です。
もし大いに怒るべき時があれば、大いに怒るのが中です。
哀しみも楽しみも、皆同じわけです。

むやみに感情をおさえて、なすべきことを控え目にすることを、
中(ちゅう)というのではないのです。

中(ちゅう)とは、「あたる」とも読みます。
放たれた矢が見事に的(まと)に当たることを“的中”といいます。
食べ物の毒にあたることを“中毒”といいます。
恋に燃える男女が、この世で遂げられぬ恋をあの世で添い遂げるため、
無理に一緒に命を落とすことを“心中”と申します。

『易経』では、中(ちゅう)とは、活発に活動し、変化して、
一刻も停止していない状態をさしています。

今日ではこうすることが中であっても、
明日はそれでは中にならないのです。

時々刻々変化して止まない時世を捉え、
その時々に“ピタリ”とあたるのが中(ちゅう)の徳です。

この中の徳を身に修めれば、
何事に対しても“的外れ”ということなく、
生きていくことができるのでしょう。
ジャンル:中山のひとりごと。

2014/09/03 08:00

ゆとりある老後の資金は1億1,856万円

誰しも、生きている限りは、人様に迷惑をかけずに、
出来ればゆとりのある生活で人生を生きたいと願います。

それぞれの人の価値観は慮ることはできませんが、
大抵の人は同じように感じていることでしょう。

そのために絶対的に必要なものは「お金」です。

どうやら、若い世代にも「老後心配性」は多いようです。
しかしながら、実態がわからないものに不安になるのはナンセンスです。
その正体を見据えながら今できることを考えてみたいと思います。

まず、定年後の生活にいくら必要なのか?
という質問にひと言で答えるなら、
「1億円」である。

大卒社員の生涯賃金の3分の1〜2分の1に相当するお金を、
老後のために確保することなんてできるのでしょうか?

では、老後の生活には毎月いくらかかるか?という話から始めましょう。

2010年度の総務省・家計調査報告によると、
夫65歳以上、妻60歳以上の高齢無職世帯の夫婦の
1カ月の平均支出が26万4,948円。

対する収入は22万3,757円。
毎月4万1,191円の赤字です。

ここで注目すべきは、年金面では恵まれているリタイヤメント世代でも、
公的年金だけでは生活ができない、というところにあります。

しかも、収支が赤字になる状況は現役世代がリタイヤする頃になっても
解消されないどころか、もっと厳しい状態になることはほぼ確実です。

この生活で夫婦ともに90歳まで生きると仮定して、
60歳以降、年金以外に必要なお金は約3,000万円です。
ところがこの平均的な支出では、旅行やレジャー、
趣味を楽しむゆとりのある生活はできない、と多くの人は考えています。

2010年度の「生活保障に関する調査」(生命保険文化センター)によれば、
夫婦で老後にゆとりある生活を送るには36万6,000円の収入が欲しいとのこと。
その場合、30年間で必要な額は約6,700万円にも膨れ上がります。

とはいえ、リタイヤ直後の65歳と、
20年後の85歳では生活の仕方も変わるはずだから、
生涯にわたって毎月36万6,000円使うというわけではない。


60歳まで生きた男性の平均寿命は82.84歳、
女性は88.37歳まで生きるという統計(2010年簡易生命表)があります。

余裕を持たせて夫87、妻92歳まで生きると仮定し、
最低限の生活のためには月24万円、
ややゆとりある生活のためには月30万円かかるとすると、
最低限生活では1億776万円
ゆとり生活では1億1,856万円確保しなければならない。

しかし年金が7,274万円支給されるので
「不足分は最低限生活で3,502万円、
ゆとり生活で4,582万円になります」。

退職金が平均1,800万円から 2,000万円といわれているから、
持ち家であれば最低1,700万円で売却できれば老後の生活はなんとかなる。

が、ここで安心してはいけない。

現役世代にのしかかる大問題がリタイヤ後の「無年金期間」です。

再雇用で65歳まで働けたとしても、
その後68〜70歳まで年金が受け取れなくなる可能性が高まっているし、
65歳まで働けるかどうかすら定かではない。

年金の支給開始年齢が65歳から70歳まで引き上げられた場合、
損失は1,380万円になる。

老後の生活費の目安は「現役時代の7割」と見積もり、
無年金期間の年数は定年後に働く期間や年金支給開始年齢を勘案して
適宜調整して計算する。
退職金などを差し引けば、貯蓄で準備するべき額を割り出せる。

これらの心とお金の準備が出来れば、
老後は安泰だといえるでしょう。
ジャンル:中山のひとりごと。

2014/08/28 15:31

日記を再開。

中山日記を本日から再開したいと思います。

もし、楽しみにして頂いていた読者の方がいらっしゃったら、
長いお休みを頂いて、大変申し訳御座いませんでした。

さて、処暑に入り、8月はもう終ろうとしております。

今年も異常気象で、夏をほとんど感じることなく、
本日の東京は、秋も既に去ってしまったかのような寒さです。

昨日までは半袖のワイシャツを着ていたのですが、
本日から長袖を着ることにしました。

世界では様々なニュースが日々飛び交っており、
ウクライナ情勢も安定せず、シリアでは戦闘が続き、
アフリカではエボラ熱が猛威をふるい・・・

国内においては、先日の局地的な暴風雨によって、
広島県では70人以上の貴い命が奪われました。
お亡くなりになった方々の御冥福を心から御祈り致します。
また、一日も早い災害の終息と復興を願っております。
広島土砂災害.jpg


昔も、時には異常気象があったけれども、
ここ30年ほどは、世界各地で異常気象が立て続けに起きています。

その原因については、地球温暖化の他にもエルニーニョ現象や
エルニーニョ現象.gif

火山の噴火なども影響していると言われています。
火山の噴火2.jpg
中には、太陽の活動が活発化しているからとも・・・
太陽活動の活発化.jpg

異常気象を直接的に防ぐことは出来ないまでも、
間接的に、出来る限り温暖化を防ぐことは出来ると思います。

地球温暖化の一番の原因は、人間活動による温室効果ガスの増加
である可能性が極めて高いと考えられています。
氷河解2.jpg

地球温暖化.jpg

先の東日本大震災において、福島の原発が大きな被害をもたらし、
各地の原発の安全性を根本から見直す動きが出ました。

これによって、電力の十分な確保のために、休止中の火力発電も復活させ、
化石燃料を使用した発電方法が一気に加速しました。

現代社会の矛盾の一つです。

今の豊かさを享受するために、未来の貧しさや被害の原因を作る。

時には一度立ち止まって、真剣に考えてみることも必要だと感じます。
ジャンル:中山のひとりごと。

2013/07/18 23:45

「正」がなぜ「ただしい」と読むのか

「正」は、「一」+「止」です。

まず、「止」は足の形で、下部の「一」は“足のかかと”を表し、
上部は“足の指”を表しています。

つまり、“とどまった跡”や“足跡”と捉える事も出来ます。
誰の“足跡”かというと、聖人や古の賢人です。

次に、「正」の「一」について、これが一番重要です。
この「一」は、「ひとつ」や「いち」と読まず、「まこと」と読みます。

では、「まこと」と読むならば、PC入力で、単語変換でも出てきますが、
「まこと」を変換すると・・・

「誠」「信」「良」「真」「慎」「命」「淳」「惇」「諒」「周」「実」「充」
などが出てきます。

これらの漢字の意味するところは、全て「誠(まこと)」です。

『中庸』に「誠は天の道なり。これを誠にするは人の道なり。」と出てきます。

人間は本来「善」であるとの考え方から、人の本性は「善」であり、
その本性に素直に従うことが人の道であり、天に通じるということです。

「誠」は「言」+「成」ですから、人が本性の「善」に随って、
言ったことを成す、言ったことが成る、という事が「誠」です。

最初の部分に戻りますが、「正」とは、人の本性である「善」に随って、
のこした足跡(人の道)が「誠」に適っており、
それが「ただしい道」「ただしい生き方」なのです。

そこを歩むこと、その聖人にならって、
足跡(正道)を歩んでいく事が「誠(まこと)」「一」に通じていく、
という意味から「正」という漢字が出来たと思います。

人の本性である「誠」に適っている言葉を人が話せば、
「信」(しん、「人」+「言」)になります。

「誠」に適った生き方ならば、天の道に適い、
「良」(よい)人生に繋がります。

「誠」に適ったものは、本物であるから、
本質的に「真」(しん)です。

「誠」の心は「慎」(まこと、「心」+「真」)です。

「誠」は天が人に与えたものなので、
「命」(いのち)そのものです。

「誠」であれば、本来の自然の道筋に適って
水流が「淳」(とおる、「水」+「享」)です。

「誠」でれば、心も通い、偽りのない真実なので、
「諒」(まこと、おもいやる、「言」+「京」)です。

「誠」がこの世の中をめぐっている、根本的、本質的には
「誠」が世の中をまわっているので、「周」。

「誠」を根本として、具現化されてくるので「実」。

「誠」が見えない世界、本質的・根本的なものを「充」(みたす)。

長文になりましたが、漢字にはもともと非常に深い意味があります。

ちなみに、全ての漢字は「一」をつなげたり、「一」を曲げたりしてできていますね!
ジャンル:中山のひとりごと。

2013/07/01 12:00

「誠実な心こそが道を拓く」(『致知』8月号)その1

人間学を学べる月刊誌『致知』8月号に

インタビュー記事が掲載されました。

致知8月号表紙.jpg


テーマは“創業の原点”

記事前文を記録の為に書いておきたいと思います。


「誠実な心こそが道を拓く」

〜家族の想いを原点に〜

当社の社名「シンシアルハート」は、英語の「シンシアリティ=誠実」に由来します。

人に名前を付ける事を“命名”といいますが、同様に、会社に命を吹き込むのが社名です。

そこに「誠実な心」という言葉を掲げることにより、当社の使命をお伝えしたい、

将来にわたって社名を体現する事業姿勢を貫いてゆきたい。

当社の社名にはその強い想いが込められているのです。

酒販店を営む家に生まれた私は、幼い頃から父の言葉を繰り返し耳にして育ちました。

「お客様やお得意様に決してご迷惑をおかけしてはならない。

自分たちの儲けを考えるのは最後だ。」

誠実な商売を貫いていた父に感化され、私は早くから父のような経営者になりたいと

志を抱くようになりました。

時代の変化ゆえに家業を継ぐことはかないませんでしたが、

私はワインの輸入商社でビジネスの修行を積み、

平成19年、37歳で健康食品の製造販売を営む当社を設立したのです。

健康食品を選んだのは、認知症にかかった祖母の様子をつぶさに見ていたからです。

祖母は症状が進むと、身近な家族の記憶も失い、献身的に介護を続けていた私たち家族は、

言葉にできないほどの寂しさ、虚しさに苛まれました。

日本の高齢化がますます進む中、こうした辛い思いをする方々のお役に立ちたい。

健康と笑顔に満ちた豊かな社会の実現に貢献してゆきたい。

私どものご提供する健康食品は、そうした思いに貫かれているのです。



つづく・・・
ジャンル:中山のひとりごと。

2013/05/01 01:00

湯島聖堂

会社の裏手、神田明神の道向かいに厳かで整然と存在する「湯島聖堂」。

儒教・儒学の祖である、孔子を祀る湯島聖堂があります。

史跡 湯島聖堂.JPG

湯島聖堂は、もと上野忍ヶ岡にあった幕府儒臣・林羅山の邸内に設けられた孔子廟(先聖殿)を
元禄3年(1690)、五代将軍綱吉がここに移し、
先聖殿を大成殿と改称して孔子廟の規模を拡大・整頓し、官学の府としたのに始まりです。

この時から大成殿と附属の建造物を総称して「聖堂」と呼ぶようになったそうです。

その後、およそ100年を経た寛政9年(1797)幕府直轄学校として、
世に名高い「昌平坂学問所(通称『昌平校』)」を開設しました。

明治維新を迎えると聖堂・学問所は新政府の所管するところとなり、
当初、学問所は大学校・大学と改称されながら存置されましたが、
明治4年(1871)これを廃して文部省が置かれることとなり、
林羅山以来240年、学問所となってからは75年の儒学の講筵は、
ここにその歴史を閉じました。

孔子像1.JPG
孔子銅像
丈高4.57メートル、重量約1.5トンの孔子の銅像は世界最大。

入徳門.JPG
入徳門

大成殿.jpg
大成殿(たいせいでん)
間口20メートル、奥行14.2メートル、高さ14.6メートルの入母屋造り。
大成とは、孔子廟の正殿の名称。

大成殿の内部には、「至聖先師孔子」をはじめ、
先師の儒者が祀られています。

孔子尊像1.JPG
孔子尊像

孔子尊像.JPG
孔子尊像、四配像(孟子・顔子・曾子・思子)と儒の祭祀

大成殿内1.JPG
大成殿内部

大成殿内2.JPG
大成殿内部

湯島聖堂内の建物でも、様々な文化行事や講座が開催されています。

私が私淑する、安岡正篤師のお孫さんである安岡定子さんの大人論語塾、
『孟子』『老子』『荘子』『伝習録』『史記』『十八史略』・・・

今後、各講座を受講して、学問に励みたいと思っております。
ジャンル:中山のひとりごと。

2013/04/18 14:45

SBI大学院大学

昨日から大学院の春期の授業が始まりました。

昨年春に入学したSBI大学院大学の経営管理研究科・アントレプレナー専攻。

http://www.sbi-u.ac.jp/index.html

同大学院は、非常にユニークな教育課程があり、その理念は、

1.社会の求める「あるべき人物像」の育成を見据え、
理論に裏打ちされた実践的な学問としての「実学」を学びます。

2.実務家としての資質に欠くことのできない倫理的価値観や人間力を涵養するために、
「徳育」を重視します。

3.これらの素養を備えた実務家の育成を通じ、日本経済の発展のみならず、
国際的な場においてもリーダーシップを発揮できるようなプロフェッショナルを育成します。

となっています。

インターネットにおける金融グループを運営している、
SBIホールディングス株式会社の代表取締役執行役員社長の北尾吉孝氏が学長を務めていらっしゃいます。

今は廃れてしまった「徳育」という言葉。

同大学院において、顕著にその言葉が表れている教育科目は、「経営人間科目」です。

•論語に学ぶ経営哲学探求
•経世済民の哲学としての朱子学
•中国古典から学ぶ経営理論
•近代経営者哲学研究
•中国古典に見る指導者の条件
•「貞観政要」に学ぶリーダの心得
•「書経」に学ぶリーダの心得
•孫子の兵法を現代に役立てる方法
•中国兵法概論
•現代経営者精神研究
•企業倫理事例研究
•「韓非子」のリーダ学
•中国思想史概説

昨年1年間でこの科目の8割を受講しました。

実際、この科目があったから同大学院への入学を希望しました。

もちろん、実務にも必要な知識や技術も習得出来るわけですが、
その実務を行う人間そのものの人間性や価値観が結果に大きな影響を及ぼします。

残り1年、精一杯学びを受け、社会に役立つ人間になりたいと思います。
ジャンル:中山のひとりごと。

2013/04/15 20:06

熊本帰省&誠孝塾(2013年4月14日)

4月14日は熊本誠孝塾でした。

熊本市内の実家にも帰省して参りました。

14日は朝から氏神様である「味噌天神」にお参りにいってきました。

味噌天神正面.jpg

幼い頃からお正月には必ず初詣に行っておりました。
非常に稀な神社で、全国でも珍しい“お味噌”の神様です。

「日本で唯一味噌にご利益がある」といわれる神様をまつった神社で、
約1300年前に建立されたそうです。
和銅6年(713年)に悪疫が流行した際に、
平癒を祈願して「御祖天神」を御祭神としてまつったのがはじまりとされています。
その後、国分寺で大量に腐ってしまった味噌を美味しい味に変えたという言い伝えから、
「味噌天神」と呼ばれるようになりました。
毎年10月25日には、例大祭が開催され、味噌のプレゼントやみそ汁の試食などが行われています。

味噌天神説明掲示板.jpg

朝10時30分から夕方17時まで誠孝塾を行いました。

帰りは熊本空港にて、思わずニッコリしてしまうものが有りました。

くまもん(熊本空港).jpg
ジャンル:中山のひとりごと。

2013/04/08 14:19

千葉真一さん

昨日4月7日に、早稲田にあるリーがロイヤルホテル東京にて
千葉真一さんのお祝いパーティーに出席してきました。

日本体育大学を3年生で中退していた千葉さんが、
晴れて今年3月10日に御卒業なされたお祝い、
そして74歳のお祝い。

パーティー会場(ブログ用).jpg

弊社が取り扱う「ローズシャングリラ」の主原料であるカンカの本が
先日発売となり、原料メーカーの栄進商事さんからの御招待でした。
今年からカンカのイメージキャラクターとして千葉真一さんが起用されているからです。

現在74歳とは思えない活力溢れる千葉さんに感激致しました。

会場には、日本体育大学の出身者や関係者の方々を初め、
約500名ほどの出席者がお祝いに駆け付けたようです。

映画やドラマを初め、1500本もの出演をされたそうです。

日本とハリウッドで活躍する俳優千葉真一さん、
今後も楽しみです。

千葉真一さんとツーショット(ブログ用).jpg

ジャンル:中山のひとりごと。

2013/04/05 16:27

4月3日川口誠孝塾

4月3日の誠孝塾は川口(埼玉県)にて開催しました。

川口での開催は、今回で28回目。

熊本での開催を含めると、トータル31回目。

今回は50名以上の参加者の皆様と共に学んで参りました。

ブログ用.jpg

今回のテキストは、『致知5月号』『大学』『言四後録』、
安岡正篤先生の書籍4冊から抜粋して学んでいきました。

個人的に『大学』の中で一番インパクトを受けているのは、
「徳は本(もと)なり、財は末(すえ)なり」の一文です。

人として、「徳」を養っていくのが根本であり、
「財」を得ていくのは枝葉末節である、という意味です。

この文言を初めて読んだのは約4年前のことです。

人間学を学ぶにあたり、この文言が座右の銘になっており、
今日まで誠孝塾を続けてきて、幾度となく「そうだなぁ」と
自分を反省しております。

反省とは、
1.わが身を反りみて、省みるという反省の意味
2.わが身を反りみて、省くという改善の意味
があります。

私達は、とかく反省を「省みる」という意味で、
あれは良くなかったなぁ、とうことのみで終わらせて、
良くなかった点を改善していく努力を怠りがちです。


戦前は、二宮尊徳翁の銅像が日本各地の小学校に在りましたが、
翁が背中に薪を背負い、歩きながら読んでいたのが『大学』です。

大人(たいじん)の学と称される『大学』も、
現代社会に生きるリーダーが学ぶべき書物だと感じます。

来月の川口での誠孝塾は、『孝経(こうけい)』を学んでいきます。

御参加頂いている皆様とより良い未来の為に。

感謝。

ブログ用.jpg




ジャンル:中山のひとりごと。

2013/03/10 12:00

利は義の和 『易経』

現代社会を生きていく上で、経済は必要不可欠ですが、
とかく目の前の「利」を追いかけてしまう傾向にあり、
物事の道理を弁えずに経済活動を行っている限り、
結果として「財」は手元からこぼれていきます。

「利は義の和」と『易経(えききょう)』の乾為天に出てきます。
「利の本(もと)は義」は『左伝(さでん)』の訓戒です。

「利」は「禾」と「刂」で出来た漢字で、
「禾」は穀物をあらわし、「刂」とは刀をあらわします。
穀物を刀を使って収穫すること、またはその収穫物が「利」です。
古は農業が主流でしたから、「利」を使ったようです。

「義」は「道理に基づいた行動」「仁に基づいた行動」と解釈しています。
それと同時に「義は宜(ぎ)なり」と『説文』に記されております。
ちなみに、『説文』とは辞書のことです。
「宜」とは「よろしい」とも読みます。
「よろしい」とは、道理に適っている、という意味で、
これも農業を考えると、自然の流れ、四季の移り変わりや天候に沿って
農業を営んでいることを意味すると解釈しております。
春に種をまき、夏に繁茂し、秋に収穫し、冬には土壌を養う。
これが道理に適った農業のありかたで、「よろしい」状態です。
冬に種をまいても農作物は芽を出さず、実らず、収穫はありません。

「利は義の和」を現代の経済活動・ビジネス活動にあてはめると、
「道理に適った経済活動、収入を得るやり方・方法が本来の利益となり、
道理に背いたやり方は、本当の利にはならない」という事です。

『易経』は5000年前には成立しており、
起源をたどれば数万年前とも言われています。
天の道理、地の道理が人間の実生活に大きな影響を及ぼす事を
生活の中で体験してた古代の人々の知恵が「文言」となって
後の世の人々へのメッセージ・教え・訓戒となったと思います。

道理とは、本来「当たり前のこと」ですが、
私利私欲の為に、自分達の都合の良いように生きています。

学問をして、覚(さと)り、本来あるべき姿は何なのか、
正しい経済活動の価値観や考え方を学んでいかなければなりません。
易経.jpg
ジャンル:中山のひとりごと。

2013/01/31 23:00

2013年、早くも一か月が過ぎました。

つい先日、2013年のお正月を迎えたと感じたばかりですが、
あっという間の一か月でした。

昨年4月より、経営者としての自分をもっと磨いて行く為に
SBI大学院大学に学び始めました。
( http://www.sbi-u.ac.jp/ )

会社の経営、誠孝塾の実施、学生としての勉強…

慌しく過ぎゆく毎日です。

明日から如月(きさらぎ)の2月。

九州熊本での誠孝塾が3日に開催されますが、
今回のテキストは『大学』です。

儒学の経書である四書五経の中でも、
“大人(たいじん)の学”として、
素晴らしい教えを与えてくれる書物です。

この誠孝塾での講義の為に、
近江聖人と敬された中江藤樹先生の『大学訳解』を
拝読させて頂いております。

昔の書物ですから、難解な漢字などもありますが、
読み進めていくごとに、心が洗われるように感じます。

“大人の学”である『大学』の講義、
心を引き締めて、自己練磨し、
受講なされる皆様と学んで参りたいと思います。
ジャンル:中山のひとりごと。

2013/01/15 13:07

格差社会

既に日本における「格差社会」は進行しています。
現状では誰も止められません。

国自体が「収入に見合った支出」を行わなければ無理です。
会社の経営と同じで、
例え赤字でも、お金がまだまだ入ってくるのなら、
今年は赤字でも来年は頑張ろう、
翌年になって、今年は赤字でも来年は頑張ろう…
これを繰り返しているのが現状。

誰でも分かり切ったことなのに、
誰もこのサイクルから抜け出ようとはしない。

誰しも、自分の財布に入るお金の金額を減らしたくない、
出来るだけ税金は払いたくない。
医療費も出来るだけ安くしてほしい。
誰しも、自分の生活レベルを下げたくない。
周りのみんなが生活レベルが下がるのなら、
その状況・環境
は受け入れられるけど、
自分だけ下がるのは受け入れられない。
こんな社会は続かないのは当たり前です。

日本の社会は、経済的に苦しい人達が頑張っていれば、
その人達に「頑張れ、頑張ったね」と称賛するけれど、
経済的に豊かな人が社会の為に頑張っても
「当たり前」っていう目で見ていないでしょうか?

いったい、弱者救済って…
生活保護を受けている人達の全体の何%が本当に困っている人なのか?

日本はいつから“楽したい”“苦労はしたくない”
雰囲気に覆われてしまったのか…

ジャンル:中山のひとりごと。

2013/01/14 21:00

17年ぶりの大雪

首都圏では17年ぶりの大雪だそうです。

JRをはじめとする多くの私鉄が運行停止状態となり、
空の便にも大きく影響したとのこと。

今日はたまたま成人式で祝日だったので、
ほとんどの会社が休み。

もし、通常日であったなら、相当なマイナス影響だったと思うばかり。

積雪があたりまえの地方と違って、
「雪」に対する対策がほとんど出来ていない首都圏。

大都市は自然に対する対応が非常に悪い。

今年は大地震も懸念される一年。

自然災害への対策が十分ではないのは当たり前で、
経済成長を優先している大都市は、
常に自然災害の恐怖が潜んでいます。

今日は一日の大雪で済んだけれども、
将来において万が一数日間、
首都圏で雪が降り続ける事態に遭遇したら…

水や食料、燃料などの確保は
地震対策だけではないと思わされました。
ジャンル:中山のひとりごと。

2013/01/11 19:32

再生医療は是か非か

本日、Yahooニュースで、
「内耳の細胞再生で難聴治療…マウス実験で成功」
という記事が目に付きました。

同記事によると(記録として残しておきたいので)、
“難聴のマウスの内耳にある細胞を再生し、聴力を回復させることに成功し、
慶応大の岡野栄之教授(生理学)らのチームが米科学誌ニューロンで10日発表する。

耳の奥にある内耳で音を電気信号に変える「有毛細胞」は、
一度死ぬと再生しないため、難聴治療の大きな障害になっている。
岡野教授らのチームは、有毛細胞を支える細胞に化合物の薬剤を投与すると、
有毛細胞に変わることを確認。
大きな音を聞かせて有毛細胞を傷つけたマウスの耳の奥にこの薬剤を注射したところ、
マウスの聴力が回復した。

加齢などによる難聴でも有毛細胞が死ぬタイプは多く、
同じ治療法が効く可能性があるという。
米スタンフォード大の大島一男講師(耳鼻咽喉科学)は
「薬剤で聴力の回復を確認した研究は初めてで、
難聴の改善に可能性を示した意義は大きい」と話している。”

とのこと。

昨年、iPS細胞の研究で山中伸弥教授がノーベル賞を受賞してから、
多くの人々が興味を持つと同時に、研究進捗状況を気にしています。

今回は、「有毛細胞」でしたが、昨年には心臓の細胞が同様に発表されていました。

これまで遺伝子に刻まれている人間の寿命は125歳、
との認識が一般的でしたが、この寿命年齢は変更されることでしょう。

しかしながら、先進諸国の高齢化とそれに伴う医療費からくる財政問題は深刻です。

人間が長生きしていくことそのものは是でありますが、
この問題は、自然の摂理に反しているように思えてなりません。

現実的に、身体の多くの部位が再生治療可能になったとき、
“見えない力”はどう答えることでしょう。
ジャンル:中山のひとりごと。

2013/01/10 14:09

誠孝塾

昨日は、埼玉県の川口にて今年1回目の誠孝塾でした。

2011年1月から毎月1回開催して、
今回で26回目の開催です。

今回の講義内容は『致知』『今年の干支』『言志録』

今年の干支は“癸巳(みずのとみ)”

「癸」は器を立てる台座。
その間隔によって上下、 軽重、 長短、 大小などをはかる意味を持つ。
「巳」は蛇。
「四月陽気巳 (すで) に出で」 の如く、
「冬眠していた蛇が地上に這い出て新たな生活に入る」

今年は、「基準や原則に則って筋道を立てて思考・行動し、改革に取り組む年」

物事に在る原理・原則に逆らった思考や行動は転覆を招くのかも知れません。


「人間学」を受講生の皆様と共に、
仕事においても、プライベートにおいても、
自己修養の大切さを改めて学びました。

今月から熊本県においても月に1回、誠孝塾を開催して参ります。

ブログ用.jpg

ご興味がある方はカスタマーセンターにお問い合わせ下さい。
ジャンル:中山のひとりごと。

2013/01/04 20:00

2013年 ブログ再稼働

新年、明けましておめでとう御座います。

昨年は、多くの皆様に支えて頂きました。
本当に有難う御座いました。

約一年間、ブログをお休みしましたが、
新年より再開させて頂くことになりました。

本日は、2013年初の出社日にて、会社スタッフ全員で、
氏神様である“神田明神”にお参りに行きました。

鳥居をくぐって、参道を歩き、
... 大門をくぐると写真の通り。

神田明神は、大黒様、恵比寿様を祭る商売の神様。
おそらく、毎年正月の時期は、商売に関連する大小数千社の代表者・社員が訪れるはず。
...
会社が健全に運営されていく事を祈願して参りました。

帰り際、鳥居の横に店舗を構える甘酒屋「天野や」さんで、
あつ〜い甘酒を頂きました。

神田明神.jpg

本年も何卒宜しくお願い申し上げます。
ジャンル:中山のひとりごと。

2012/01/19 17:30

元大横綱、大鵬の悲報

第48代横綱の大鵬(納谷幸喜氏)の悲報を本日Webニュースにて知りました。

日本の大相撲史上の名横綱として、その名を知らない者はいないと思います。

1960年代に活躍し、ライバルといわれた柏戸とともに「柏鵬(はくほう)時代」
と呼ばれる大相撲の黄金期を築いた横綱です。

私がまだこの世に生を受ける前に活躍していた横綱なので、
その雄姿・激闘を自分で観る事は叶わなかったけれど、
幕内優勝32回は歴代1位、未だに破られていない記録とのこと。

おそらく、今後も破られないであろうと言われている記録は、
入幕(1960年)から引退(1971年)までの12年間、
毎年必ず最低1回は優勝した記録。

くしくも、私が生まれた1971年が大鵬の引退年です。

昭和の大横綱、戦後最強の横綱と呼ばれる巨星だと思います。

大相撲会は平成初期で様々な不祥事を起こしましたが、
最近、ようやくかつての盛況ぶりを見せるようになったようです。

私は存じていませんでしたが、
大鵬の父親はウクライナ人、母親が日本人のハーフ。

そのパワーは明らかにウクライナ人の父親譲りで、
北の大地に育った強靭な鋼の肉体が大記録を作ったと察します。

大鵬の肉体は朽ち果てても、その名は永遠に残ります。

その道を極めた者のみが「死して朽ちず」なのだと、
改めて感じました。

御冥福を心からお祈り申し上げます。
合掌
ジャンル:中山のひとりごと。

2011/11/29 12:18

大阪維新の会

先日、政治団体「大阪維新の会」代表の橋下徹氏が大阪市長に、
松井一郎氏が大阪府長にダブル当選した。

選挙中は、既得権益に執着する政党や役所勤務の諸氏がこぞって橋下批判の大同を為した。

まことに憤慨極まりない状況であった。


「仕訳け」などと銘打って、いかにもムダを省く事を率先して指導していると言わんばかりの作業にどれほどの効果があったであろうか?
それによって、眼に見える形として、または感じ得る形として、
どれほど国民は幸福を感じているであろうか?

国民は愚民ではない。

「もし、良い方向に進む可能性があるのなら、橋下氏にかけてみよう!」

まさにそれが結実して当選に繋がったのであろう。

“大阪都構想”については、まだまだ荒削りでどれほどの効果があるのか、
予測不能の状況ではあるものの、
国民は間違いなく“変化”を求めている。

そもそも、『維新』とは「詩経」大雅文王編に、
「周は旧邦なりと雖(いえど)も、其の命維(こ)れ新たなり」
から来ており、古代中国の周という国で、
「周という国は随分と古い伝統ある国ではあるけれども、
よく徳を明らかにして民を教化している為に、
その命(はたらき)は常に新たで停滞するところがないので、
天下をよくたもった。常に新たにしている」
という意味を為している。

橋下氏がこれを知ってか知らずか、
いずれにしても「大阪維新の会」の命名の意味するところ、
志は詩経と同じではないか、と感じている。

『維新』と『革命』は、似て非なる。
維新は順命であり、革命は非常の命である。
維新の方がより自然であり、より道徳的である。

既得権益を守らんと欲する輩は、
あたかも橋下氏が『革命』を起こそうとしているかのごとく、
罵声を浴びせ、非難していた。


今後の橋下氏の動向と、変化が楽しみである。

天命に則していれば、事は成る。
ジャンル:中山のひとりごと。
TOP / 中山のひとりごと。
<< 1  2  3  4  5 >>